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敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


北海道を守りぬいた男たち・・・占守島-2

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池田末男士魂戦車隊隊長
池田末男


池田末男さんという方がいます。愛知県豊橋市出身の方です。

彼は戦前“戦車隊の神様”と呼ばれ、戦車学校教官当時には「キ戦車隊教練規定」という教程を編纂、そして陸軍戦車学校校長に就任します。

その陸軍戦車学校に、福田定一という生徒が入学しています。
後の小説家、司馬遼太郎です。

司馬遼太郎は、昭和の軍人に対して批判的な小説家としても知られますが、その司馬遼太郎が、池田末男さんに対してだけは、非常に好意的だった。

池田末男さんは、戦車学校校長職を辞した後、戦車第十一連隊長となります。

十一連隊は、十一を文字って別名「士魂部隊」と呼ばれました。

士魂部隊は精鋭と謳われる部隊でもありました。そして士魂部隊は、占守島(しゅむしゅとう)に転進を命じられます。

池田連隊長は豪放磊落かつ温和な性格の人で、占守島でも、部下の信望をよく集めていたそうです。

こんなエピソードがあります。

占守島は、夏場でも気温が15度を上回ることなく、濃霧に覆われ、冬場には零下30度。雪は電信柱が埋まるほど積もり、そして年間を通じて風速30Mの暴風が吹き荒れる。

そういう身を切る寒さの占守島において、彼は、絶対に自分の下着を部下に洗わせなかった。
全部、自分で洗濯していたそうです。

申し訳なさそうにしている当番兵に、池田さんはこう言ったそうです。

「お前はオレに仕えているのか? 国に仕えてるんだろう?」

学校では、「昭和20(1945)年8月9日、ソ連が日本との日ソ中立条約を破棄して、満州に攻め込み、その後、日本はポツダム宣言を受け入れて、8月15日に終戦となった」と教えます。

しかし、そのあとに激戦が行われた地があった。それが占守島です。このことは昨日の記事で書きました。

8月17日、重要書類を全部焼いて、翌18日には戦車を全部海に沈めることが決まった士魂部隊は、第十一連隊本部で残念会を開き、連隊長の池田末男氏を囲んで、主な将校が10人ほど集まり酒盛りをしたそうです。

池田連隊長は、連隊長は酒を飲むときは無礼講が好きで、いつもなら豪放磊落な酒盛りになるところが、当日はしんみりとした雰囲気だったそうです。

そして若い木下弥一郎少尉に、
「木下、15日以降、俺は廃人になった。お前たち若いものは国へ帰って新しい国民を教育しろよ」などと話し、少ない酒を酌み交わした。

酒の席も解散になり、みんなが就寝した深夜、日付が変わって18日となった午前1時のことです。
突然対岸のカムチャッカ半島側から長距離砲弾が島に撃ち込まれ、占守島北端の国端岬一帯に、多数の上陸用舟艇が接近してきます。そして数千の兵力が強襲上陸してきた。

武装解除を求める使節団なら、このような深夜の上陸はしない。

東浜海岸・竹田浜に展開していた部隊は第3中隊の2個小隊(約80名)だけです。
彼らは突然包囲され、攻撃を受け、激戦となります。

この時点で、まだ敵の国籍は不明です。
いまでいったら、これまでまったく戦闘実績がなく、終戦がきてなお平安だった土地に、いきなり正体不明の謎の軍団が砲撃を加え、土地を占領して攻撃を加えてきたのです。
しかも夏場の濃霧です。10M先も見えない。
その見えない先から、砲弾や銃弾が飛んでくる。

謎の軍団が上陸した国端岬にいた速応少尉は、岬の洞窟にあった野戦砲二門で、謎の軍団が上陸した竹田浜を側面から射撃します。

霧で見えない。しかし、このとき来襲した謎の軍団は、駆逐艦2隻、6千トン級の輸送船4隻、兵力13,000千人の大部隊でした。

こういうときに日頃の訓練がものをいいます。
速応少尉は、霧で見えない敵に向かって、人馬殺傷用の榴弾をこめてメクラ撃ちにし、敵船合せて13隻を撃沈、戦死者2千人、海を漂流した者3千人の損害を与えた。

これに対し謎の軍団は、対岸のカムチャッカ半島突端のロバトカ岬から砲撃をしてきます。

このままでは速応隊が全滅する。
長距離砲撃を知った四嶺山の坂口第2砲兵隊長は、直ちに15センチ加農砲2門で、これに応射します。そしてわずか20分で敵を沈黙させてしまった。

上陸部隊を迎え撃った歩兵大隊は、謎の軍団の艦艇を14隻以上撃沈・擱座。
戦車揚陸艇ほか多数の上陸用舟艇を破壊。
さらに敵指揮官坐乗の舟艇も撃沈し、謎の軍団を無統制状態に陥らせます。

それでも敵は13,000名を擁する大軍です。

日本側の正面の歩兵大隊は、わずか600名。
敵は多数の死傷者を出しながらも、陸続と後続部隊を上陸させ、内陸部に侵攻を開始した。

当初、報告を聞いた師団参謀は、国籍不明といっても米軍だと思ったそうです。
後に相手がソ連とわかった時はびっくりしたという。
参謀は、軍使が来たのが手違いで戦闘に発展したのかとも考えた。
しかし時間が時間です。
加えて何千人という兵力です。
さらに、ロパトカ岬から支援射撃もやっている。
こんな軍使の到来などあるわけはない。

午前2時10分、第91師団長は決断します。
「師団全力をもって、敵を殲滅せよ」

全軍直ちに戦闘配置。
戦車1個連隊と歩兵1個大隊、工兵一個中隊は、先遣隊として竹田浜に急行。
占守島南端の第73旅団は、北の要点・大観台に司令部を進出させ、戦闘に参加せよ。
隣りの幌筵島の第74旅団も占守島に渡って敵を攻撃せよ。
師団司令部も占守島に移動せよ。

第5方面軍司令官樋口季一郎中将は、同時に濃霧の隙間をついて陸海軍混成の航空部隊8機をソ連艦艇への攻撃のため飛び立たせた。
「断乎、反撃に転じ、ソ連軍を撃滅すべし」

士魂部隊にも、司令が下ります。
「戦車隊前進せよ」

池田連隊長は直ちに各中隊長、小隊長を集め、真っ先に準備の出来た車に飛び乗って走り出した。
「天与の好機逸すべからず。各隊長は部下の結集を待つことなく、準備のできたものから予に続くべし!」

このとき戦車連隊は、武装解除中でした。
すぐには出撃できない状態にあった。
それでも総員必死で武装を取り付け、直ちに出撃します。

濃霧の中、途中の位置で集結した全戦車部隊隊員に、池田連隊長は訓示します。

諸士、ついに起つときが来た。
諸士はこの危機に当たり、決然と起ったあの白虎隊たらんと欲するか。
もしくは赤穂浪士の如く此の場は隠忍自重し、後日に再起を期するか。
白虎隊たらんとする者は手を挙げよ。

このとき不思議なことが起こりました。
濃霧が突然、さっと薄れていったのです。
そして、全員が見た。

霧でおぼろにしか見えなかった隊員たちが、全員が挙手していたのです。
士魂部隊は全員、白虎隊となることを選択した。

若い木下弥一郎少尉も、池田連隊長のそばにいました。
しかし、定員オーバーで戦車の中に入れない。
池田連隊長は、戦車を止めて、木下弥一郎少尉に下車を命じます。
「木下、お前は旅団司令部の杉野さんのところへ連絡将校として行っておれ」

戦車学校校長であったときから、ずっと接してきた弥一郎は、連隊長とにわかに離れがたく、ぐずぐずしていた。
池田連隊長は、「早く行け!」と怒鳴ります。
そして走り出した戦車から上半身を露呈した池田連隊長は、振り返って弥一郎に言いました。

「木下、お前は助かれよ。命を捨てるなよ」
これが、弥一郎が見た末男の最後の姿でした。

午前5時、国端崎から14キロ手前の天神山で士魂部隊は小休止しします。ここで遅れていた一部も合流した。

池田連隊長は、白鉢巻で戦車上に立ち上がります。
そして大声で訓示した。
「上陸軍を一人残さず、海に叩き落とすまで奮闘せよ」

午前5時30分、連隊は前進を再開し、島の北端に近い大観台を過ぎた。

午前6時20分、連隊は歩兵大隊の指揮所が置かれた四嶺山南麓台地に進出。
そこには、既にソ連軍約200人の1個中隊が山を越えていた。

末男はこれを突破して四嶺山頂に進出する決心をします。
 
午前6時50分、攻撃を開始。士魂戦車隊は、速射砲で敵を撃破しつつ南斜面を駆け上がり、7時30分、山頂に到達した。

山頂から見下ろすと、敵歩兵の大軍がそこにいます。
池田連隊長は、師団、旅団の両司令部に打電します。

連隊はこれより敵中に突撃せんとす。
祖国の弥栄と平和を祈る。

7時50分、池田連隊長は、戦車からハダカの上体を晒したまま、身を乗り出して日章旗を打ち振り、攻撃前進を命じた。

士魂連隊の攻撃隊形は、左から第4中隊、第3中隊、第1中隊、連隊本部、第6中隊、第2中隊の順の展開だった。そして約40両の戦車が、連隊長の統一指揮のもと、敵中に突入します。
それは、さながら運用教範の実演の如く見事な隊形だったといいます。
さすがは戦車隊の神様。さすがは士魂部隊。

士魂部隊は、南斜面より上ってくるソ連兵の群れに突撃する。

視界約20Mの濃霧です。
戦車というものは死角が多い。濃霧は戦車に不利をもたらします。

本来なら、戦車は歩兵と協力して初めて実力を発揮できるものです。しかし急な出動で協力できる歩兵はいない。

8時30分。いったんは混乱し、潰走しかけたソ連兵は、前線の指揮をとっていたアルチューシン大佐の指揮で、約100挺の13㎜対戦車ライフルと、4門の45㎜対戦車砲を士魂部隊正面に結集させ、激しく反撃します。
装甲の薄い日本の戦車は、貫通弾をもろに受け、次々沈黙していきます。
 
濃霧の中で出会い頭に敵弾を受け、友軍の戦車が炎上する。

それでも士魂部隊は前進します。
キャタピラで、備砲で、敵兵を叩き続けた。
やがて四嶺山南東の高射砲が応撃し、南麓から駆け付けてきた歩兵大隊も軽戦車を先頭に攻撃を開始します。

士魂部隊の獅子奮迅の戦いで、ソ連軍は遺棄死体100以上を残して竹田浜方面に撤退します。

士魂部隊の損傷は、戦車27両が大破。
そして池田連隊長以下、96名が戦死。

士魂部隊の突撃のとき、敵は稜線いっぱい展開し、連隊長の指揮する戦車隊を見て自動小銃をめちゃくちゃに撃ってきた。砲塔に雨あられと弾がはねて、顔を出していれないくらいだったといいます。

そんな中で、池田連隊長は突撃した。
連隊長は、戦車からハダカの上半身を露出したままです。鉄カブトもかぶっていない。彼は、日の丸の手ぬぐいで鉢巻をしただけの姿で、1M×80cmぐらいの大きな日章旗を振って戦車の上から「前進!前進!」と突撃の合図をしながら戦い続けた。

その姿は、いやでも敵の目につく。

連隊長車にいた指揮班長の丹生少佐が撃たれた。
池田連隊長はその死体を落としてはならぬと、にわかに縄を出して丹生少佐の死体を自分の戦車の砲塔に自分で縛りつけた。

そして今度はその砲塔の上に全身を露出させてまたがり、例の日章旗を振り振り、なおも全軍に前進を命じた。

戦車のウイーク・ポイントは横腹です。
ここは鋼板が薄く、そこを狙って撃たれ、だいぶやられた。

池田連隊長車も、突撃を命じて30分ぐらい、敵をさんざん踏みにじったあと、対戦車銃を横腹に受け、それで中に積んであった弾薬が誘爆し擱坐、炎上した。

池田連隊長の乗車した戦車は、炎上したのちもしばらく前進していたと言われています。
まるで、死しても前進を止めない連隊長の魂が乗り移ったかのようだったそうです。

8月21日、現地の日ソ両軍間で停戦交渉が成立。
同日午後、堤師団長とソ連軍司令官グネチコ少将が会同して降伏文書の正式調印が行われた。
そして、ソ連軍の監視の下で武装解除が行われた。

守備隊将兵は悔しがっていたと伝わっています。
「なぜ勝った方が、負けた連中に武装解除されるのか」

占守島守備隊の活躍は、昨日の記事にも書きましたが、このわずか一週間の活躍で、日本は北海道を日本のままに置いておくことができた。

当時のソ連政府機関紙“イズベスチャ”は「占守島の戦いは、大陸におけるどの戦闘よりはるかに損害は甚大であった。8月19日はソ連人民の悲しみの日であり、喪の日である」と述べている。
またソ連側司令官は後に「甚大な犠牲に見合わない全く無駄な作戦だった」と回顧録を残している。

もし占守島守備隊が、何の抵抗もせずソ連の蹂躙にまかせるままでいたら、昨日も書いたように、日魯漁業の女子工員400名は、ソ連兵に蹂躙されるままになっていたろうし、ソ連側が述べているように、占守島が一日で陥落していれば、ソ連はそのまま北海道に攻め入り、戦後日本は、半島と同様、北日本と、南日本に分断されていた。

逆に、もし、占守島守備隊が第5方面軍の停戦命令を受けなければ、上陸ソ連軍は殲滅されていたろうし、その後のソ連軍による千島列島(北方領土)の接収すらなかったかもしれない。

大功ある、第91師団、そして勇敢な士魂部隊の将兵は、この戦いの後、ソ連に日本本土に帰還させると騙されて、シベリアに強制連行されています。そして連行の途中で多くが殺され、またシベリアで多くの人々が非業の死を遂げた。
 
この占守島守備隊について、戦後左翼は教科書に一切載せないだけでなく、この戦い自体を「無駄な戦い」、「戦死者は犬死に」と一蹴しています。
それが同じ日本人の言う言葉なのか。ねずきちにはそういう人たちの感性がまったく理解できないし、むしろ怒りに震えます。

占守島には、いまも当時の日本兵の戦車や遺骨、遺品が眠ったままになっています。

戦後60年以上経過したいま、日本は、あらためて勇敢に散って行かれた英霊たちへの感謝を捧げるとともに、散って行かれた彼らに恥じない日本の建設を考えなければならないときにきているのではないでしょうか。

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サムライ魂 ~占守島の士魂部隊~ 1/6


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コメント
No title
自衛隊に士魂部隊というのがあります。
この池田連隊の名前を受け継ぎ士魂と称しているそうです。
勿論北海道の戦車部隊です
2012/04/27(金) 21:54 | URL | 河童工房('◇') #-[ 編集]
No title
検索からココにたどり着いた通りすがりの北海道民です。
”思想が悪いのと違う?”・”日本の文化や伝統を拒否した土地
になっています・「結納」なし「両家による披露宴なし=会員制
の宴会という形態のみ」もちろん、お七夜、お宮参り、お食い初め、
七五三と続く一連の風習は無いそうです。
中秋の名月・・・芒を飾り、団子を備える・・・こういうことも、
北海道ではきっと無いのでしょう” ・”所得も学校の成績順位も
最下位”・”北海道民は全てこの事実を知る必要があります”等々
のコメントがありますが、何か北海道に向けた蔑視感および近視
眼的な理由の求め方に非常に違和感を感じます。
北教組にも原因を求めすぎではないでしょうか?読んでいて道民
の一人として不快です。
コメントは編集(抜粋)が必要ではないでしょうか?
(無論、私のコメントがこの場にふさわしくないなら削除下さい)

 満州撤退・樺太撤退時に国民を逃がすために戦った部隊の話は
多数あります。(置いてきぼりにした部隊もあります。私の祖父母・
母の兄弟(叔父・叔母)は樺太からの引き揚げ者で色々な話も聞い
ております。)
 樺太はともかく満州引揚者は、全国的にも、探せば北教組や北海
道民に原因を求めるコメントをしている方の近くにもいらっしゃる
でしょう。
 しかし、全国的にも知らない人がほとんどで、むしろそれが一般
的ではないでしょうか?(それも北教組・道民が原因とお考えでし
ょうか?)

 何か主張が決めつけ的でバランスを欠き、当該コメントをしている
方が対極と思っている北教組・日教組と、理由・原因の求め方が同じ
思考回路になっていると感じます。
(あえて「極論」すると異論・異環境にある憎い者が諸悪の原因とし
たくなる心理では?)

 先の樺太の話(ネット検索でも多数ヒットします)
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog203.html ほか色々
など広く全国にエピソードが知られていないのは、ひめゆりの塔の悲
劇のような判りやすい「反戦」でマスコミが無条件に使用できそうな話
ではなく、戦闘礼賛的な誤解を受けかねないこれらのエピソードはマズ
イとGHQがストップをかけたか・マスコミが自己検閲した?事で風化
し、今まで知られる機会がなかったのだろうと私は「勝手に」解釈して
います。
(※別に、私は北教組の味方をしている訳ではないと文理上解釈できま
すよね?)
 私は北教組のおかしい所も人づてに聞いたこと+ネットでの批判等で
も見た事がありますし、高校の同期の道内小中学校教師も、組合からの
圧力はあるが、「子供のため」が本分だしおかしいのでやめた、という
者もきちんとおります。
 決めつけの思考回路からエピソードを他所で紹介しても、日教組同様
の誘導教育になると思います。(周知にはムダではありませんが)
 建設的なコメントをつなげて行きたいものです。

 掲載の占守島のエピソードは、島の民間人を逃がし(結果的にあまり
多くはなかったが)・後方の家族・子孫の将来と、ひいては国の未来の
ために将兵達が示した悲壮な覚悟と気概等を、読んだ者がおもんばかり・
自分の頭で考え・伝えていく方がいい話、と、ねずきち様が紹介された
ものと推察しています。
 紹介されたエピソードを、どのように解釈しようが受け取り側の勝手
ですが、今は、これらの話は「知ろうとしなければ知ることのできない話」
になっていると思いますので、ねずきち様がここで紹介しているのはとて
も素晴らしい事で頭が下がります。
時々のぞきに来ます。応援していますので頑張ってください。
2010/12/20(月) 14:29 | URL | 私も道民 #-[ 編集]
空気を読まず
ねずきち様、今晩和。空気を読まず、コメントさせて頂きます。
生まれも育ちも北海道ですが…一応、占守島の事は知っていました。ちょっとした自己学習なので詳しい事はサッパリですが。

護国神社にも参拝に行っています。英霊を敬い、大切にする気持ち、ちゃんとあります。

確かに北海道だけ可笑しな風習がありますが(結納の件や月見の件)、多くは合理性に基づいた事だと思います。
決して本来の風習を蔑ろにしてる訳ではありません。
少なくとも、我が家ではお七夜、お宮参り、お食い初め、七五三、ちゃんとしました。
尤も…それらは亡き祖父母の教えがあったからで…団塊世代の両親には「あんた、真面目ね~」と笑われましたが(苦笑)
北教祖も、私はどうやら逃れる事が出来た様で、小学生の時からちゃんと国旗掲揚・国歌斉唱してきました。

道民の全部が全部、左巻きという訳ではないと、思っています。


2010/11/01(月) 23:52 | URL | 道民 #-[ 編集]
占守島のこと。
北海道に住んでいて、占守島の事を知らない人が沢山居ます。すごく残念です。
北海道で生まれ、45年間を本州で過ごし再び北海道に帰って来た浦島太郎です。しかし、その分北海道の事が良く見えています。
日教組もひどいが、その上前を行く北教祖は日本の(悪の)鏡です。何故もこんなに歴史認識の差があるのかと不思議にさえ感じています。
所得も学校の成績順位も最下位です。出来る人はみんな出て行きます。これでは北海道は良くならない、そう感じています。
勉強会にこの占守島の話をして、おきたいと思います。
ねずきちさんありがとうございます。
2010/11/01(月) 18:13 | URL | 竹心 #-[ 編集]
侵略に抗する意志なくば平和なし
連隊長である池田大佐の「祖国の弥栄と平和を祈る。」の電文には涙が出ました。
平和とは、邪悪な侵略者を討ち滅ぼして、ようやく得られるものなんですね。

「友愛」などという空疎なお題目で達成できるはずがないのです。
2010/10/30(土) 13:13 | URL | 愛国弁理士 #-[ 編集]
是非教科書に載せるべき史実です
 私の父は昭和2年生まれで、戦後しばらく北海道の函館に住んでいました。父に「占守島の戦いを知っているか?」と聞いたところ全く知りませんでした。フタをされた史実だったのです。北海道民は全てこの事実を知る必要があります。道民だけでなく、せめて中学校の歴史教科書には記載すべき事です。靖国神社の遊就館でこの展示を見た時には感激しました。ロシアが対日戦勝記念日を制定した今、日ソ不可侵条約と占守島の戦い、シベリア抑留は国民に知らせる義務があります。
2010/10/28(木) 20:23 | URL | 石原 #-[ 編集]
No title
日本の勇敢な軍人達が侵略者?犬死?馬鹿を言うな!
今の自分が、誰のお陰で在ると思ってるんだ!と熱くなってしまいました。

北海道の道産子に知ってもらいたいお話です。
2010/10/28(木) 18:12 | URL | イシコウ #-[ 編集]
英霊方と祖国日本

名無しさん、

ありがとうございます。私も、名無しさんのコメントから溢れる『愛国心』と『一生懸命さ』をとても尊敬しています!

本当に死ぬまでに、何か一つでも『解決』しなければ、あの世で“英霊方に会わす顔が無い”と思うのですよ。

英霊方は命をかけて日本を護られた。だから私も戦います。その事で私ごときが、恥をかこうが、狙われようが、嫌われようが、喧嘩しようが、何をされようが、英霊方のご苦労に比べれば「屁」でもないと思っています。

お互いみんなで、英霊方が残して下さった、この『美しい日本』を守り抜いて行きましょう!



2009/10/26(月) 22:43 | URL | 椿 #-[ 編集]
ご返信ありがとうございます。


三本足の鴉 さんへ、

なんだか、変にお気を使わせたようで、申し訳ありませんでした。なめ猫さんのブログに掲載されていたのなら、そのブログを友人・知人・その他のサイトに紹介しようと思います。それなら、何の問題もないですよね?

あまりにもヒドイ偏向教育に、是非とも、母親達には「警笛」を鳴らしておかねばと思います



2009/10/26(月) 22:36 | URL | 椿 #-[ 編集]
椿様
英霊方に会わす顔がない!<
日教祖の件も含め、こんな日本にする為に命を捧げたのではない。

椿さん貴方は本物ですね、誇りに思います。
2009/10/26(月) 15:38 | URL | #-[ 編集]
椿さん、おはようございます
椿さん、keitoさん読んでいただいて有難うございました。

キムチ作りは広島県の中学でもやっていたという情報がありました。そこではチョゴリを着せたり、日の丸を削除した万国旗を飾ったりとかなり悪質な偏向教育の巣だったようです。新聞では朝日や毎日あたりが相互理解と友交の証のような感じの記事で紹介していました。今はなりを潜めて静かにしているのでしょうか、あまりこういう記事は載りませんね。でも確実にどこかで続けられているものです。油断できません。

椿さん、写真だけと思って探したのですが、ブログの中で引用されたものしかなくて、なめ猫さんという方のブログから持ってきてしまいました。
なめ猫さんブログは博士の独り言にもリンクされていますが、教育と人権の偏向を正そうと活動されている方のようです。リンクフリーの表示は無かったので無断リンクです。ただ拡散してもブログごとの紹介になりますから大丈夫だとは思うのですが。4年前の記事の上、ご本人もかなり忙しい様子なので、今このためだけに確認を取ってよいものやら。こういう場合はどう判断すればいいのか分かりませんです。無責任な回答ですみません。もしどうしてもと仰るのでしたら、もう暫くしてからご本人にコメントで確認してみますが・・。
2009/10/26(月) 08:18 | URL | 三本足の鴉 #-[ 編集]
日教組に関しては
http://popup12.tok2.com/home2/education/data/page02.htm
 前にも紹介しましたが、ひどさで競い合っても仕方ないのですが、こちらのほうがよほどひどいです。
http://www.adachijimin.com/topic/nogenderfree.html
 そして、新たに見つけてきました。こちらは自民党足立区の制作したものです。
2009/10/26(月) 08:02 | URL | OOIDOYA #LkZag.iM[ 編集]
アリラン
アリラン
日帝支配下の朝鮮で1926年 三一独立運動の運動家を主人公に日本人と親日派を悪役にした映画
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%83%B3_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
この映画の主題歌がアリランで、映画の大ヒットで朝鮮全土に広まったのです。
まあ、日帝の強制した普通教育で普及したハングル文字みたいなもんです。

日帝を中国に朝鮮をチベットに置き換えて読んでみてください。これがどれほどすごいことか。
2009/10/26(月) 00:10 | URL | ありゃらん #-[ 編集]
No title
ねずきちさんは、軍隊を良くご存知ですね。日本軍には池田連隊長の様な軍人が、何万人もいたのです。支那大陸でも10倍の敵を当たり前の様に蹴散らして戦いました。

銃後の国民も戦う気持ちは同じでした。司馬さんが、国内戦になった時、戦車の通路を避難民が邪魔になる場合の話を憤慨して書いていました。(隊長は道を塞ぐ避難民を邪魔者と)

しかし当時の国民なら、自ら進んで道を空け、味方の戦車を、前線にむけ手を合わせ送り出すのではないでしょうか。

司馬さんのここら辺の感覚は、現代の私にも、大変怪しく思われます。本当に司馬さんは、そう感じたのかと。
2009/10/25(日) 23:30 | URL | 名無しさん #A8c9QNAw[ 編集]
No title

三本足の鴉さん、
有益な情報ありがとうございます。

こういう日教組の異常性をみんなに知らせるのに、添付してくださった、これ↓を知り合いや、その他のサイトに拡散しても宜しいでしょうか?


http://blog.goo.ne.jp/hagukumukai7/e/bcb4bca98178f16dad64ee3ce74399bf




2009/10/25(日) 23:29 | URL | 椿 #-[ 編集]
北方領土も沖縄も日本国!!


 蛍の光』の4番目

千島のおくも 沖縄も
八州の内の  護りなり
至らん国に  いさおしく
つとめよ わがせ つつがなく

とあるように、間違いなく間違いなく、“北方四島は我が日本国の領土”!!そして、間違いなく間違いなく、“沖縄強制集団自決命令など無かった”!のだ。

戦後消されてしまった、『蛍の光』の三番目と四番目の歌詞が、それを証明しています。

英霊方は「故郷に帰れる」という望みを断ち切り、断固として戦った!不沈戦艦『大和』も沖縄救出の為出撃、しかし…大和の護衛機が無いまま、敵米国の新鋭空母12隻、艦載機およそ800機の凄まじい攻撃にあい、3000人以上の乗組員と共に、あえなく“沈没”…。

そう、あの蛍の光にあるように、千島・沖縄を含む『八州の国=日本』を護る為、みな私心を捨てて命を捧げたのです

これ以上の証拠があるでしょうか?!

いくら日教組、左翼、反日マスコミ・知識人らが、口角泡を飛ばして、英霊方を貶めようと、彼らの『大義』と『愛国心』と『忠誠心』は燦然と光を放ち、どんな雲間にあっても“光り輝きます”!

彼ら英霊方の恩に報いる為にも、死んでも『北方領土日本返還』を果たし、竹島・尖閣諸島、そして何より、北朝鮮による、日本人同胞の拉致被害者の“奪還”を果たさねば、ご先祖様に顔向けできない!!死んであの世で、どの面さげてお会いするのか?!

英霊方に会わす顔が無い




2009/10/25(日) 23:25 | URL | 椿 #-[ 編集]
bbさん、お察しします
たぶん、うちも市長選「民主党」が勝ったのでしょうね・・・
こういうことが、あっていいとは思えないです。

投票率が低くて組合票に流れたのですか?
選挙前から「きびしい」とは、なぜ、どいういう数字を読めばわかるのですか?

きれいごとではなく「選挙は金」と言われます。やはり小沢マネーが、動いたのでしょうか?
それとも、候補者の「見た目」に負けたの?

私達保守が少数派になったのは、ひしひしと感じます。日本人の大半が「きれいごと左翼」ですね。その気風に合うようにマスコミが調理して情報を出しているのでしょう。

私にとれば、明日からの民主党政権下の市政がどう変化するのかで、戦々恐々です。動きにくくなることは、間違いありませんから。役人は、波風を恐れるだけの人々です。

他人だのみは、情けないが、こうなったら、マスコミもひっくるめて外圧で処分してくれないかと・・・世界を頼りにするきもちになります。
このまえのCIA上がりの長官とか、まさか、このままほっておくの?それは、違うでしょう・・・
2009/10/25(日) 22:57 | URL | かぐやひめ #qcX4.Kko[ 編集]
右上にありました!
 TTMさんがカンパと書いておりましたので、見たらありました。当ブログの右上に口座番号が!
 二千円くらいカンパしようかな・・・と思ってます。安すぎてすみません。(汗)ついでに未だ会員でもありません。ごめんなさい。ただ、ずーずーしいから、毎日のように遊びにきているだけなんです。 

それから、名無しさんGJですよ。
2009/10/25(日) 22:09 | URL | OOIDOYA #LkZag.iM[ 編集]
No title
ねずきちさん、有り難うございます、
占守島(しゅむしゅとう)ですね、日本民族の滅びの淵に
あって、身をもってこれを防いだ士魂部隊と共にわすれません。

我々はかれらを語り継ぐ使命がある、いつの日か誇りある日本を取り戻し、かれら英霊の安堵の顔を見たいものです。

今日は「御即位二十年記念第61回正倉院展」にいってきました、正倉院展のポスターに写されている「平螺鈿背円鏡」(へいらでんはいのえんきょう)はルビーの入った万華鏡、・・・・
興味を引いたのは金銀花盤(きんぎんかばん)径61.5cm高さ13.2cmで周りにビーズがぶら下がっているんです、現在なら簡単に揃いそうなビーズなんですが、実にかわいかった(因みに恥ずかしいですがビーズは私の趣味です、ゆみちゃんのリハビリのつもりがいつしか)。

本日の第一義の興味は光明子(光明皇后)の書写です、私はこの方、聖武天皇の皇后がある意味興味があるんですね。書からなにか感じないかと長く見つめていました。
2009/10/25(日) 21:21 | URL | やまとおのこ #uiD0T9v6[ 編集]
みなさんへ
応援むなしく、神奈川、静岡とも負けました。

私達は本当に少数派になったのですね。

ご報告まで。
2009/10/25(日) 20:06 | URL | bb #-[ 編集]
中国人強制労働訴訟和解 一企業の思惑で国家の取り決め超えるのは…
反日朝鮮企業と結託して際限ない中国人のタカリ行為を拒否しよう。日中の戦
後補償は決済されている、その上、中国政府へは長期間に渡り、巨額の円資金
を呉れて来た分を纏めて返済して貰おう。

詳細は
http://www.aixin.jp/AJI17.htm
【今が旬、愛信情報】
4.経済・政治ーー>1.経済・政治 をカッチとね
2009/10/25(日) 17:27 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
27日の賛同団体に日心会も加わられたらどうですか?                             【賛同団体】 New
新しい歴史教科書をつくる会、 全国教育問題協議会、 新日本協議会、
美しい日本をつくる会、 新教育者連盟、 草莽全国地方議員の会、 漁火会、
東京都教師会、 戸塚ヨットスクール、 安岡教学研究会、外国人参政権に
反対する会・東京、基本的人権を踏みにじる人権擁護法案に反対する
地方議員連盟、 史実を世界に発信する会、 二宮報徳会、 河内国民文化研究会、
教科書をよくする神奈川県民の会、 神奈川教育正常化連絡協議会、
兵庫ビジョンの会、 在日特権を許さない市民の会、外国人参政権に反対する会・
全国協議会、外国人参政権に反対する会・関西、NO!民主 桜組
http://mid.parfe.jp/kannyo/sakuragumi/top.htm、日本女性の会 そよ風
http://www.soyokaze2009.com/、日本を護る市民の会
http://seaside-office.at.webry.info/、 教育正常化推進ネットワーク

2009/10/25(日) 16:30 | URL | #-[ 編集]
No title
【速報】 臨時国会は事実上「非公開」 委員会審議はTV中継せず。

NHK 国会中継
2009年10月26日(月)午後2:00~午後2:50(50分)総合/デジタル総合/BS2/ラジオ第1
          「所信表明演説」鳩山由紀夫~衆議院本会議場から中継~
2009年10月27日(火)なし
2009年10月28日(水)なし
2009年10月29日(木)なし
2009年10月30日(金)なし

問い合わせ http://www.nhk.or.jp/css/

---------------
※やっと開かれる国会なのに・・・この状況でありえません!
みんなで抗議のメール、電話しましょう!
2009/10/25(日) 16:15 | URL | mie #-[ 編集]
No title
【外国人参政権】【人権侵害救済法案】に反対する署名 がネットでできます

「署名TV 外国人参政権 人権侵害救済法案」←でググって下さい

匿名・ニックネームで署名できます
メールアドレスはフリーメールでOK
住所は書かなくてもOK
2009/10/25(日) 15:24 | URL | #-[ 編集]
No title
考えても見ろ。
自民党は公明党と組んで滅亡した。滅亡したのは精神だ。
邪悪な池田大作とくんでハラワタを食いちぎられた。
自民内部にも加藤紘一や山崎拓や二階やその他特亜から
買収されこの國を売った奴らがいた。今もいる。
しかし、党をあげて國を売ることは無かった。
今まで外国人参政権成立をはばんで来た愛国派もいた。
死んだ中川昭一さん達だ。

一方、民主党はどうだ。
あいつらのやることはこの國の解体だ。
党首から「この日本列島は日本人のものだけではない」という。
外務大臣は歴史教科書を特亜と統一すると言っている。
外国人参政権・人権擁護法案・移民1000万人受け入れで
この國を解体しシナチョ-センに売り渡すと堂々と主張している。
東アジア共同体が仕上げなのだろう。
東アジア共同体は聞こえはどうか知らないが
日本の解体消滅だ。シナの自治区にするということだ。
日本をチベットと同じにするということだ。

こんな売国奴丸出しの民主党を日本人は支持するのか?
そこまで日本人自身が精神的に堕落したのか?
そうではないだろう。民主の危険性に気付いた者から
なんらかの行動を起こせ。自分で考えて行動を起こせ。
                         以上
2009/10/25(日) 15:15 | URL | #-[ 編集]
昼間から泣きました
鳩山・仙石・横路・福島・輿石・岡田等は、
日本の良き伝統を破壊するのが楽しいのでしょう。
頑張るぞ!
2009/10/25(日) 11:43 | URL | 太郎の嫁 #czwcMj9s[ 編集]
感謝・慰霊
当時の日本の戦車は歩兵の先を走り歩兵戦での勝利を目指したもので、戦車戦の為に設計されたものでない事は戦車隊長は理解されていたのでしょう。
本当にこの人たちが居られたのでソ連時代もアメリカの傘と判りながらソ連が日本を兆発出来ない大きな要因でもあったのでアメリカに感謝されてもおかしくない話です。
2009/10/25(日) 09:54 | URL | #kU3g/2a6[ 編集]
「民族のグローバル化」って何?
「爺砲弾」というブログがありました。いまでは「毛沢山の・・・」というブログになっていますが、そこでは中国の田舎事情がいろいろ紹介してありました。
中国の田舎では当たり前のことですが、「外人」など一人もいなくて日本人だというとめずらしい動物でもみるように人だかりになるそうです!13億の中国人の大多数は田舎に住んでいるのですが、彼らは一生「外人」を見ないで生涯を終えるわけです。
わたしの故郷は富山ですが、久しぶりに帰郷しますと、何と「外人」の多いこと富山は国際都市か(ちょっと大げさですが)と思うばかりです。でもよく考えると以前より朝鮮総連はあるし、朝鮮学校はあるし、朝鮮人はいっぱい居るんですよね。日本は本当に外国人の多い国だと思います。

先日、「米流時評」というブログを見ていますと(このブログは写真が多くて楽しいです)、アメリカの戦没者(と思いますが)の墓地の整然と並ぶ墓標のひとつひとつにアメリカ国旗が掲げられているのです。これには少し驚きました。日本ではここまでしないでしょう。もしかしてアメリカ合衆国は日本以上の「鎮魂の国」ではないかと思った次第です。
アメリカはグローバル化発祥の国です。この国が鎮魂を重んじるということは、「鎮魂」は世界の流れではないかとも思います。まさにねずきちさまのブログは世界の流れにのったものであると思いました。
もちろん、ねずきちさまのブログの内容はそれだけじゃないんですけどね。
今後も頑張って下さい。
2009/10/25(日) 09:41 | URL | 縄文人 #wM6nolEE[ 編集]
兵站カンパ要請、了解セリ。
【カンパのお願い】・・・今朝、気付きました。
前から気にはなっていたんですが、「気にはなっていた」では済まされない事でした。

日本軍の“前線の将兵”の優秀さ・勇敢さ・強さは、こうした戦記を読むたび知るたびに、再認識させられます。
アメリカやシナがビビル気持ちは、よ~く解かります。

しかし、その“前線の将兵”を悩まし苦しめたのは、武器弾薬の不足であり食糧の欠乏でした。
兵站(食糧・弾薬の補給)を軽視し兵員の命をも軽視し過ぎた軍上層部には、ある時期から違和感を感じて来ました。
軍内部では、兵站部隊を軍人扱いしない、見下した空気があったようです。

保守派の伝統重視と言えども、「兵站軽視という悪しき伝統」はキッパリと(共産党用語?)否定せねばなりませぬ。

・・・と言うことで、と言うほどのこともできませぬが、“爪火のへそくり”から前線部隊=日心会に「兵站カンパ」を <アス イチニイサンマルジ ハチマルニギンコウヨリ ワレ ソウキンセント ホッス>
2009/10/25(日) 09:26 | URL | TTM #tNh9WKNE[ 編集]
No title
また自分の小さい頃の思い出で恐縮ですが、昔、小学生の頃、両親が学研の「学習」と「科学」を定期購読してくれてました。私は学研さんの回し者ではありませんが、この二つは本当に楽しかったのを覚えています。

世間では、「科学」の「おおっ!」と思えるような不思議な付録が一番人気だったのでしょうが、自分にとっては読み物の中の「伝記」などがとても面白かったんです。単発物の読み物だったので、いわば教科書程度の短いお話でしたが、結構心に残るものがありました。

一時期「学研のおばちゃん」のCMがありましたが、今もあるのでしょうか。
あのような形で子どもたちにねずきちさんが取り上げてくださる日本の素晴らしい方たちのお話を伝えられたらいいのになぁと,、ふと思いました。

あと、今の小学校は辞書を引くことが殆どないのではないかと思います。
私の頃は、図書室で、辞書を引く練習をしたり、辞書引きの競争などもあったように記憶しています。

今は随分変わってしまいました・・。

ちなみに、私は中学時代に「アリラン」を音楽で習いました。外国の民謡でこういうのもあるんだ・・と妙に冷めていました・・。
2009/10/25(日) 09:08 | URL | 共通一次世代 #HfMzn2gY[ 編集]
No title
教科書に載せるべきですね
でも、教科書に載せても読まないと意味が無いし、、、

日本には素晴らしいアニメがいくつつもありますが、、こういう歴史マンガをもっと作れないかと思います。
ポケモンや魔法使いなど、夢のある奇想天外アニメもいいですけど、、
もっと役に立つ、楽しんでみる事のできる教養アニメ?が増えて欲しいです。

ノーベル賞受賞者、歴代将軍などはドラマやアニメになったりしますが、、こういった勇敢な軍人さんも紹介して欲しい
2009/10/25(日) 07:26 | URL | m&m #cjNia0dU[ 編集]
おはようございます
お久しぶりです!!
久しぶりの私にとっては占守島のお話しは、かなり重い内容でした。
でも知らなければいけないことです。
ねずきちさんのブログと出会って視点が大きく変わり、ビックリしています。
10年以上毎年ロンドンに来ていたのに、何にも感じなかったことが次から次へと気になりだしました。
日本では天皇陛下を先頭に、国民すべてが鎮魂を文化とし、日本国土を祓い清めるのが自然と年中行事に組み込まれた<神の国>であり、これ程浄化されている国は日本だけでしょう。
また、世界の国の民族のグローバル化が進む中、これだけ外人が少なくほとんどが日本人というのは、希少価値が高く守らなければいけないことだと強く思いました。
ロシア、中国がこんなに近くにあるのに、日本人はDNAに自衛本能を組み込まれることなく、植民地となることなく、日本語を話せていられるのは奇跡ですね。
この<奇跡の国☆神の国>日本を守るために、ねずきちさんのブログと巡り合えた!!
と再確認できました。
世界の流れに逆らい、日本を日本人のために守るというのは大変なことですが、守りきった時には素晴らしい結果が待っていますね。
ねずきちさん、みなさん、これからもよろしくお願い致します。


2009/10/25(日) 06:04 | URL | ミヤビ #-[ 編集]
北海道は守られたが・・・
ねずきちさんの筆致は、まるで、従軍記者として占守島の霧の中にいたかのよう。
鬼気迫るその様子が目に浮かび荘厳な気に打たれました。
その時の英霊たちが、ねずきちさんに乗り移ったとしか、思えません。

ようやく日の目を見た占守島の戦勝記録。
北海道の北の物語は電話交換手の女性たちの悲劇しか知らされてはいませんでしたから。
英霊たちは、どんなにか、喜び、ようやく後世に知られることを、どんなにか感激されているでしょう。

もしも、池田隊長以下の武勲がなければ・・・非常に、個人的な感想で恐縮ですが・・・先日生まれた「孫」は、ありえませんでした。祖父母たちは北海道人です。

けれど・・・ここ北海道でも「戦後の戦争」がありました。
九州は宮崎県の日心会員マサキさんが教えてくれました。
「北海道は、日教組が非常に強く、反日教育が広く行われ、日本の文化や伝統を拒否した土地になっています。僕は北海道で生まれたが九州で育ちました。もしも、北海道のままなら・・・今の僕はいなかったかも・・・」と。

そもそも開拓地であったために、日本各地からさまざまな土地の人が移り住んだ・・・しかも、最初の住民は圧倒的に戦う男たちが多かったでしょうから「伝統・風習」を持ち込む状況になかったのかもしれません。

北海道では結婚式のかたちが本州とは、全く違うことを、皆さんはご存知でしたか?
「結納」なし。「両家による披露宴なし=会員制の宴会という形態のみ」もちろん、お七夜、お宮参り、お食い初め、七五三と続く一連の風習は無いそうです。
先日は、中秋の名月・・・芒を飾り、団子を備える・・・こういうことも、北海道ではきっと無いのでしょう。

学生時代「カニ族」になって、北海道を周遊した時、どこまでもまっすぐに続く道路、雄大な風景に「ここは、これからどんどん発展するのだろうな」と、思いました。可能性の塊に見えたのです。

ところが、自分の生活に追われ、ふと気がつくと北海道は景気の悪い土地の代表になっていました。
「思想が悪いのと違う?」と、私はおもってしまう。

戦後の戦争には、敗北した、と。

弾が飛んでくることだけが戦争だと錯覚した代償ははかりしれないほど大きいと感じます。

そして、今、キーボードを武器に、ねずきちさんが戦後の戦争に向かって立ち上がった・・・目が覚めた人たちが、続いていくのだと思うのです。
情報戦争で負けてばかりはいられない。
それでは、ほんものの弾を受けた先人たちへの申し訳がたちません。
2009/10/25(日) 04:34 | URL | かぐやひめ #qcX4.Kko[ 編集]
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
最新刊
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』

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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

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