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敷島の大和心を人問わ(は)ば 朝日ににおう (ふ) 山桜花(本居宣長)。日本は天皇を国家最高権威とし、民を「おほみたから」とする「シラス国」です。


赤トンボの戦い


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九三式中間操縦練習機(通称:赤とんぼ)
九三式中間操縦練習機


いまからちょうど65年前の今日(7月29日)、沖縄県宮古島を飛び立った7機の特攻機が、午前1時頃、那覇市南西90キロの海上において米駆逐艦キャラハンその他3隻の艦艇を撃沈破の大戦果を挙げました。

そのときに使われた特攻機が、上の写真の九三式中間操縦練習機です。


この飛行機は、昭和9年に練習機として採用された飛行機で、鋼管フレームの複葉機で、躯体は木、翼は布張りです。

練習機として日ごろはオレンジ色に塗装されていたことから、多くの国民から「赤とんぼ」の名前で親しまれていました。

もっとも大東亜戦争の末期には、自動車で言ったらすでに11年落ちになっていたわけで、当時としては、すでに軍用機としては、相当型落ちの旧式飛行機であったことは間違いありません。

ただ、いいところもあって、燃料のガソリンには、アルコールを混入した「八〇丙」という劣悪な燃料でも飛ぶことができた。
大東亜戦争末期の昭和20年は、日本の石油輸入量はゼロです。
こうした機は、貴重だった。

昭和20年7月27日、台湾の竜虎海軍基地で、この九三式中間操縦練習機で、夜間爆撃訓練をしていた三村弘上飛曹以下7名、計8名に、特攻命令が下りました。

7月28日早朝、台湾の新竹基地に到着した彼らに、「神風特別攻撃隊第三竜虎隊」の命名式と別盃式が行われます。

式が終わるとすぐに出発です。
台湾の宜蘭基地を経由して、石垣島へ。
石垣島から先島諸島へ、そこから宮古島へと移動した。

本来なら、台湾からひとっ飛びの距離です。
しかし、それができるだけの性能が、この飛行機にはなかった。燃料も持たなかったし、とにかく速度が遅いから、飛ぶのに時間がかかる。

この移動だけでも九三式中間操縦練習機にとっては、たいへんなことなのです。
実は、「第三竜虎隊」に先だって「第一、第二竜虎隊」が台湾を出発しています。

しかし、第一も第二も、飛行中に機体に故障が続出、さらに天候不良が重なって、両隊ともほぼ全機が与那国島へ不時着し、飛行不能となった。攻撃は中止されています。

こういう機を、沖縄戦に突入させる。
そこまでしてでも、日本は、沖縄を護ろうとしたのです。

28日夜半、「第三竜虎隊」は、赤トンボに、250キロ爆弾をくくりつけます。
これも無茶な話です。当時の戦闘機は2000馬力級です。
対する赤トンボは、わずか300馬力くらいのエンジンしか積んでいない。
機の性能の限界を超えた飛行なのです。
宮古島を離陸してすぐに、8機の内の1機がエンジントラブルに見舞われます。
限界を超えてエンジンを全回転させているのです。無理もない。
やむをえず、その機が引き返す。そして、ようやく宮古島に到着するけれど、着陸までエンジンが持たず、大破しています。

残る7機は、三村隊長機を先頭に、整然と隊列を組んで沖縄に向かいます。
しかし、やはりエンジンが不調となり、2機がいったん宮古島に引き返します。
残る5機は、そのまままっすぐに米艦隊の群がる沖縄の海に向かった。

沖縄までたどり着くだけでもリスキーな赤トンボです。
沖縄の海には、見渡す限りの米軍、大艦隊がいる。

到着したとしても、速度の遅い赤とんぼで、見事、特攻を成功させれる見込もない。

当時の戦闘機は、時速600キロくらいのスピードで飛びました。
しかし、250キロ爆弾を搭載した赤トンボは、時速130キロがようやくです。

三村隊長は、出発前の日記に、
「九三中練で死ぬとは思いもよらず」
「九三中練とはちょっと情けないが、我慢しよう」と書いています。

どうみても、できるはずもない作戦です。

ところが、ここに奇跡が起こります。
「第三竜虎隊」は、米軍に発見されなかったのです。

米艦隊は、当時、最新式のレーダー探知機を使い、日本軍の飛行部隊を通常150Km先で捕捉していました。

ところが、赤トンボは、極めて操縦性能の良い練習機です。
夜の海を海上すれすれに飛んだ。
そのため、レーダーに捕捉されにくかった。
しかも、機体は木と布です。
ほとんどレーダーにも反応しない。
たまに反応しても、光点は、点いたり消えたりです。
しかも、あまりに飛行速度が遅い。

米艦隊の中でも、議論になります。
レーダーに出たこの光点は、飛行機か鳥か。
誤反応ではないか?

本来なら、特攻攻撃に備えて準備万端整えるのに、その迷いが、米軍の戦闘準備を遅らせた。

米軍が、ようやく「敵機だ」と気が付いたときは、すでに赤トンボは、艦隊のわずか20km先、到着までわずか10分弱の距離まで近づいていました。

敵機来襲。

米艦隊は大慌てて、特攻攻撃に備えます。
大混乱が起きる。

敵は、どこだ!?

見れば、もう目の前を超低空で日本機がやってきている。

この当時、米軍が日本の特攻機対策のために採用していた高射砲は、飛来する飛行機のすぐそばで破裂すると、弾薬の中の鉄片が四散し、弾が直接当たらなくても、敵機を撃墜できるというものでした。

ところが、練習機赤トンボは、あまりの低空飛行です。
高性能高射砲を、その角度で撃ったら、友軍の艦船に弾が当たってしまう。

それでも果敢に近距離砲を使って、米艦隊は全艦をあげて迎撃を行います。

滅茶苦茶に弾が飛んでくる。
赤トンボは、低速です。
何発もの弾が、赤トンボに命中します。

ところが、赤トンボは、墜ちない。

対空砲火の弾は、敵機に当たると炸裂するようにつくられているのです。
ところが、赤トンボは、布張りです。
弾が当たっても貫通してしまい、炸裂しない。
エンジンか、燃料タンクか搭乗員に命中しない限り墜ちないのです。

一方、三村隊長以下7機の「第三竜虎隊」は、全機、敵弾を受けて機体を穴だらけにしながら、さらに敵艦隊に肉迫します。

敵の輸送船には目もくれない。
狙いはあくまで敵の軍艦です。

そして最初の一機が、米軍の誇る最新鋭駆逐艦「キャラハン」の右舷に体当たり突撃を行います。

赤トンボは、時速130kmの低速です。機体も軽いから、艦上で爆発炎上し、木端微塵になった。
通常、これだけでは、固い装甲を施した駆逐艦は沈没しません。

ところが、赤トンボが、重たい荷物として運んだ250キロ爆弾は、装甲弾です。
爆弾は機関室まで突入し、そこで大爆発を起こした。

機関室のすぐ脇には、対空弾薬庫があります。
炎は、これに誘爆し、艦は大爆発炎上します。

そして、午前2時35分、あっという間に、沈没した。

米軍は、大東亜戦争を通じて、いまにいたるまで、その場であっという間に完全に沈没した艦以外は、「沈没」と発表していません。
たとえば、大破炎上して、数時間の後に沈んだ船は、それが日本側の船なら「撃沈」に加えられますが、自軍の船なら「大破」です。
戦いのその場では、沈んでいない、というわけです。

そしてこのときの「キャラハン」は、どうにも誤魔化しようのない、まさに「沈没」とされた。
そして、この駆逐艦「キャラハン」が、米軍の発表する最後の「特攻機に沈められた艦」です。

続く2番機は、「キャラハン」のすぐ近くにいた駆逐艦「プリチット」にめがけて突入します。

「プリチット」の対空砲火開始は、なんと赤トンボとの距離が1500メートルに迫ったときです。
それでも、ギリギリ、艦の1.8メートル手前で、赤トンボを撃墜した。

しかし、この日のために訓練を積んだ「第三竜虎隊」の執念の一撃か、赤トンボが海上に激突した衝撃で、搭載した爆弾が「プリチット」に命中。
「プリチット」は、大破炎上します。

「プリチット」の近くにいた、米駆逐艦駆逐艦「カシンヤング」は、このときの迎撃で、特攻機となった赤トンボ2機を撃墜します。

ところが、いったん宮古の基地に引き返した赤トンボ2機が、機体の整備を終え、すぐに後方から発進していた。

この2機も米軍のレーダーに発見されず、気がついたときには、最初の特攻攻撃が終わってホッとひといきついていた「カシンヤング」の目の前にいた。

迎撃の間もなく、超低空を飛行してきた2機の赤トンボは、「カシンヤング」の右舷に激突します。

艦の中央部が大爆発し、炎上した。
この戦闘で、「カシンヤング」は、22人が戦死、45人が重傷を負った。

この戦いで、米駆逐艦の「ホラスAバス」にも特攻機が命中しています。
タイミングからすると、これも「赤トンボ」の「第三竜虎隊」による戦果である可能性が高い。

結局、「第三竜虎隊」7機中4機が命中。成功率57%です。大戦果というほかない。

「第三竜虎隊」隊は、

水偵出身で洋上航法に習熟した海軍上等飛行兵曹三村弘(岡山県)。
予科練出身の、海軍一等飛行兵曹 庵民男(鹿児島県)
同、佐原正二郎(静岡県)
同、川平誠(静岡県)、
同、原優(長野県)、
同、近藤清忠(長野県)、
同、松田昇三(東京都)、

以上、7名です。
彼らは、あらゆる悪条件を克服し、強固な意志で目標に突入し、使命をまっとうしました。

いま、宮古島の市営陸上競技場の東の嶺に、彼ら「神風特攻隊第三次竜虎隊」の碑が建っています。

そこには、次のように記載されています。

【建碑の由来】
もう何も思うまい何も思うまいと、思うほどこみ上げる父母への思慕、故郷の山河。
今生の別れの瞼にうかぶ月影淡く孤独を伴に無量の思いを抱き、唯ひたすら沖縄へこの胸中いかにとやせん。
ああ途絶の死真に痛恨の極みなり

 一九四五年七月二十九日夜半
 神風特別攻撃隊第三次竜虎隊上飛曹 三村弘
 一飛曹 庵 民男
  同  近藤清忠
  同  原  優
  同  佐原正二郎
  同  松田昇三
  同  川平 誠

義烈七勇士は、日本最後の特攻隊として、世界恒久の平和を念じつつ、ここ宮古島特攻前線基地を離陸。
沖縄嘉手納沖に壮烈特攻散華す。
その武勇萬世に燦たり。
願はくば御霊安らかに眠られよ。
父母のみむねに

 神風特別攻撃隊竜虎隊一同
 一九九五年七月二十九日
 神風特攻第四次竜虎隊員
 滋賀県水口笹井敬三


【鎮魂の詩】

紺碧の海 風亦清し
島人素朴にして
人情濃いなり
誰か思わん 此の地激戦跡なるを
瘡偉飢餓将兵僵る
相図る戦友建碑の事
鎮魂痍悼安眠を祈る
幾たびか島を尋ねて遺族感泣す
更に願う
島を守りて 平和の全きを

 昭和六三年 十月吉日

この文を書く前、たまたまウィキペディアで「特別攻撃隊」の記事を読んでみたら、そこには、次のように書いてありました。

「元々鈍足な上に重量のある爆弾を無理やり搭載していた為、極端に速度が遅く、航続距離も短い複葉機や固定脚を突き出した旧式機で編成したこれらの特攻隊は、敵機の好餌であり、ほとんど戦果をあげられなかった。

だがまったく使えなかった訳でもなく、僅かながらも戦果を挙げている(九三式中間練習機による特攻は、1945年7月29日出撃の「第3龍虎隊」が駆逐艦1隻を撃沈している)。」

との記述がありました。
冗談じゃあないです。

「わずかばかり」とは何事か。
しかも、戦果は駆逐艦1隻の撃沈だけではない。

戦後、私たち日本人は、こうして命をかけて戦った帝国軍人を、微妙な言い回しで辱められ、貶められてきました。

でも、もう、真実に目覚めるときです。

いつまでもお人よしで騙され続ける日本人ではいけない。

事実は事実として明確に主張し、断固として自存自衛を確立した日本を、いちにちも早く取り戻すべきだ、と強く思います。
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コメント
68回忌
今年7月29日は通州事件の75周年ということですが、同時に赤トンボ特攻隊、こと第三龍虎隊の68回忌でもあります。ねずきちさんのブログで知りましたが、通州事件と第三龍虎隊の出撃が重なるこの7月29日は特筆すべき日になるかと思います。

 三村弘上飛曹と同期の庭月野氏より預かりし香料にて68回忌を行いました。毎年一人でやるのが龍虎隊に申し訳なく思っています。数日前に碑の清掃に訪れましたがその際、枯れてはいましたが二つの花束を見ることができました。薄紫色と白のリボンで結ばれた大きなブーケです。思わずどなたが献花をなさったのだろうかと感謝感激いたしました。地元の人では無いことは確かです。それも6月23日の慰霊の日以降です。

この二年間、献花を見たことがなかっただけに感激もひとしおでした。きっとこのブログを読んだ方が宮古島観光のおりに献花をなさったに違いないと思いましたが、大きな花束だっただけにあるいは龍虎隊にゆかりの深い方だったかもしれません。

それにしても今年の68回忌ではこの二つのブーケにより大きな勇気を頂くことができました。感謝申し上げます。

今宵は月齢11日、月明かりの特攻、千万無量の思い今絶つに哀悼を捧ぐ。

2012/07/29(日) 20:26 | URL | 珊島 #-[ 編集]
回想
次に龍虎隊と交流があったと思われる渡嘉敷 唯夫氏の回想を紹介します。氏は評論家ではありますが、時事漫画家でもあります。1960年代から1970年代にかけて沖縄タイムスで時事マンガを描いていました。

―53年前の沖縄の海に散った特攻隊員―
渡嘉敷 唯夫(とかしき ただお) (評論家)

4ヶ年続いた太平洋戦争も終戦直前ともなると、連日、相次ぐ米空軍の爆発で、最早、恐怖感もなく、爆風と炸裂音の連続で、防空壕の中にいても、ただ茫然と時間の過ぎるのを待つばかりという状態であった。

周辺の瓦礫(ガレキ)を取り除く作業に明け暮れる毎日、それまでの学徒隊から防衛隊員として、寄せ集めの都市防衛隊に転属させられて間もなく、次に農耕協力隊員として、嘉義郡の農村(虎尾)に移動を命じられた。

その遍歴の中で、思い出として強く印象に残っているのは、虎尾という台湾南部の田舎町の海軍航空隊であった。

昼間はこの田舎町も例外なく、連日グラマンの銃撃が繰り返されるが、夕暮れ時ともなれば2機・3機、赤トンボと呼ぶ旧式のスパローホーク型複葉機で急降下(ダイビング)訓練を行っていた。つまり、ダイビングとは特攻のための突っ込み訓練のことで、2種予科練習生の最後の仕上げということになる。

特攻隊員は、いずれも17-18歳という色白の少年兵たちで、どの顔も張りのある若々しさが印象として残っている。隊員は、そろって大空に夢を託す純粋な若者たち。夜毎、彼らの集う場所は女教員の一人娘のいる官舎で、手土産の缶詰や羊羹などをどっさり持ち込んで、笑い歌い興ずる姿は、明日にでも出撃する隊員とは思えず、もてなす娘さんの目に光る涙を今も確かに思い出として残っている。彼らの好みの歌は「勘太郎月夜唄」題名は不明だが「女は乗せない輸送船云々」とか「ツーレロ節」(替え歌)などで、時間の経つのも忘れる程であった。

練習機に50キロ爆弾を抱えて、深夜、虎尾基地を離陸、そのまま宮古に向けて飛び、そこで燃料を補給の上、沖縄近海の米艦に突入すると語っていたが、真相はまだ明かではない。ある軍事資料によれば、台湾南部の海軍基地から出撃した特攻60機のうち、練習機は約10機内外で、不時着・行方不明併せて6機、事故2機で、LST輸送船に突っ込んで大破させたのは、わずか一機と、小破一機の2機と記されている。

この行為(特攻)で散華した若い隊員たちにとって、手段としては、あまりにも苛酷ではあっても、それにしても「国の為」という信条に生きる彼らには、「特攻」が無謀な作戦と知っていても煩悶しつつも、愛する「国のため」、苦悩を乗り越えて、沖縄の海に散華していった彼らに、いま一度、想いを寄せ、身の震える感動をおぼえるとともに、53年目の供養の意味でも敬虔な祈りを捧げたい。

―沖縄パシフィックプレス118号(1997年9月10日)よりー

※赤トンボ特攻隊、こと第三龍虎隊のことがさらに詳しく記されている本に土井全二郎(朝日新聞元編集委員)著:「失われた戦場の記憶」(光人社)があります。
2012/06/04(月) 19:11 | URL | 珊島 #-[ 編集]
慰霊祭
去る平成24年5月29日に第三龍虎隊の慰霊祭が戦友や遺族等により宮古島にある平良二重越の慰霊碑前で執り行われました。平成21年5月29日の慰霊祭より3年ぶりのことであります。残念ながら私は行き違いにより参列することが叶いませんでした。参加者は以下の通りです。

① 庵 齢喜 (第三龍虎隊遺族)
② 庭月野 英樹(海軍予備練14期)
③ 小林 一三(海軍予備練19年)
④ 田中 利重(海軍予備練19年)
⑤ 小林 康子(小林 一三夫人)
2012/06/04(月) 19:02 | URL | 珊島 #-[ 編集]
特攻できなかった父の心
父は第百飛行師団103戦隊に所属しておりました。四式戦斗機疾風(全機無線機を搭載)は大東亜戦争号と呼ばれました。常時、終戦直後には103戦隊のパイロットは全員特攻隊員を覚悟しておりました。
父の命令は「特攻隊員の戦火報告」を無線にて司令部に報告してました。
特攻隊は突入時にキーを押し続けて「突入と言う」を合図に、バケツの水をひっくり返えしたような銃弾・砲弾の中を急降下していきます。その特攻隊の確認役(成果)を父は最初しておりました。

103戦隊は淡路島由良飛行場に移動しました。

7月31日父にも特攻命令が下りました。師参一撥(特攻隊を援護したら最後には特攻せよ!)という司令部からの命令です。
8月18日に103戦隊は終戦を知りました。

戦後、憲兵から必死に隠して持って帰ってきた軍人手帳を生涯大切にしておりました。

最後まで軍人としての誇りを護りました。
国や家族のためなら「死」を恐れない精神力の強い父を今でも尊敬し感謝しております。

しかし、あの時特攻していたら私はこの世に存在しません。

ですから、父が日本を護った方法とは違いますが、自分なりの護国活動を行っております。
私の血にも父の血が流れておりますから。
今情報戦という戦いをしております。





79歳で亡くなった父になりかわり私の生まれた意義を理解し、これからも拡散と護国活動を続けていきます。
2011/03/31(木) 10:54 | URL | ハナミズキ #yQ3q6hyA[ 編集]
No title
祖国を守る為に戦った勇士達の話
涙なくしては読めませんでした。

赤とんぼだけでなく白菊などの練習機もまた特攻に
向ったとの文を読んだことがあります

悲しく、情けなく複雑な感情になります

特攻などでなく通常攻撃で戦果を挙げたのなら
大拍手なのですが。。

満足な武器を与えられない情況で
戦を続けた軍指導部に怒りを覚え
満足でない武器で使命を果たした隊員に誇りを
感じます。

一九九五年七月二十九日
後一ヶ月も経たず終戦です、生き残れたかもしれない
もちろん生き残りさえすればいいんだとは
思わないが、意味があったろうか

駆逐艦撃沈は大戦果であり英霊に対し
失礼極まりないことを百も承知でそう思った

母は、家族は帰りを待っていただろう
敗戦の日に何を思っただろうか
「大戦果をありがとう」いや違う
帰ってきてほしい」だと私は思う



2011/02/23(水) 09:56 | URL | 12-23 #v0bujNaM[ 編集]
沖縄戦アメリカ軍戦時記録より
七月三十日
 午前2時10分、日本軍航空機が、那覇飛行場に墜落、被害が出る。
百キログラムの不発弾を発見。衝突時に落下したもよう。
この飛行機は木製のため、エンジン、その他の金属以外は、レーダーにかからない。
この種の飛行機が、今後の日本軍の特徴となるであろう。
パイロットの地図によれば、この航空機は、台湾から飛んで来たものである。
[上原正稔訳、三一書房刊より]

「あれ、あれ、あの鳴声はなんだらう」
「スカイラークだ」
「スカイラーク?あゝ、ひばりだね」
ピーチク、ピーチク、ピーチクチク
「あんまり鳴いたら
あのまゝ天国に昇ってしまひさうだね」
緑の草にねころんだ
可愛らしい二人の子供の会話
こゝにも春はこぼれています
―島尾敏雄少年時代の詩『春』より

※米海軍掃海艇スカイラーク(MS‐63)昭和20年3月27日、
慶良間列島近海にて日本海軍第ニ十七魚雷艇隊の攻撃により撃沈さる。
まさか、こんな予言めいた詩を書いていたとは知りませんでした。
島尾海軍大尉世代が亡くなって以後、慶良間列島での集団自決が
軍の命令だったとの捏造がまかり通るようになりました。
反日工作員の跋扈を許してはなりません。
2010/08/20(金) 11:57 | URL | 最後の一機 #-[ 編集]
慰霊祭
ねずきち様、こんばんは。

明後日は戦後65年目の終戦記念日、第三龍虎隊の慰霊碑にも詣でる予定でいますが、多数の参拝者が訪れることを願っています。先日は一人の参拝者もいなかったことを報告しましたが、その後の情報で去年の5月に第三龍虎隊の戦友、遺族たちが来島され、慰霊祭が執り行われたことを知りました。ここに当時の地元の新聞記事を紹介します。

―涙流し「同期の桜」―
龍虎隊特攻隊戦友、遺族が慰霊碑参詣

宮古島から特攻隊として出撃した旧日本軍第三龍虎隊の戦友や遺族たち六人が二十八日、平良二重越の「豊旗の塔」にある同隊の慰霊碑を参詣した。一人ずつ慰霊碑に手を合わせ全員で「同期の桜」を歌った。歌いながら当時のことを思い出し涙を流す参詣者もいた。

第三龍虎隊は終戦間近の一九四五年七月二十九日、「赤とんぼ特攻隊」として、布張りの翼に二百五十キロの爆弾を積み宮古島を出撃した。一番古い訓練機でありながら、駆逐艦三隻を撃沈したという。

元隊員の庭月野英樹さん(83)は「レーダーもなく月明かりだけで水平線の見えないフライトは大変だったと思う。出撃した皆さんがどんな気持ちで飛んでいたか。特攻隊にいたのは十七歳から二十歳と若く、希望と夢、青春をなげうって祖国存亡の危機に貢献した。安らかに眠ってほしい。こういう人達がいて現在の平和があることを忘れないでほしい」と話した。

兄がここから出撃し、初めて宮古に参詣しに来たという庵齢喜さん(81)は「宮古に来ることができて感激している。父は厳しい人で兄に早く入隊しろと言っていたので、兄は航空隊に志願した。その父が亡くなったことを兄に報告した。特攻隊として命を捧げた若者もいたし、沖縄の人たちも苦労したと思う」と述べた。このほか、小田康久さん(86)、江名武彦さん(85)、小林一三さん(78)と妻の郁子さん(73)も慰霊碑を参詣した。

―2009年(平成21年)5月29日 宮古新報―

―特攻隊員のめい福祈るー
遺族らが宮古で慰霊祭

太平洋戦争末期の一九四五年七月二十九日に宮古島を飛び立った最後の神風特別攻撃隊・第三次龍虎隊の慰霊祭が二十八日、平良二重越の慰霊の碑前で行われた。隊員は、当時十八ー二十歳の若者七人。碑には「背を丸め深く倒せし操縦桿千万無量の思い今絶つ」と弔いの言葉が刻まれている。

慰霊祭には、第三龍虎隊の指揮官・三村弘上等飛行兵曹と同期の庭月野英樹さん(83)や、庵民男一等飛行兵曹の弟・令喜さん(81)ら、戦友や遺族七人が参加。碑前に花を手向け、手を合わせて冥福を祈った。庭月野さんは「希望と夢、青春をなげうって祖国存亡の危機に献身された皆さんに、心から追悼の祈りを捧げます。どうぞ安らかにお眠りください」と弔辞を述べた。令喜さんは「初めて参加して感激している。兄には、父が昭和五十五年五月八日に亡くなったことを告げた」と話した。

第三龍虎隊は一九四五年七月二十八日に、台湾から飛来した。機種は、練習用の複葉機、通称「赤とんぼ」。翌二十九日月夜の晩、二百五十キロ爆弾を抱え、沖縄本島沖の連合艦隊を目がけ飛び立った。庭月野さんによると、同隊は駆逐艦一隻を撃沈、二隻を撃破したという。

―2009年(平成21年)5月29日 宮古毎日新聞―
2010/08/13(金) 22:19 | URL | 珊島 #-[ 編集]
会田雄次「たどり来し道」(2)
>なるほど映画の筋は、凶暴な蛮人国の日本が無法な戦いをしかけ、ために平和な家庭を営んでいたアメリカ人が涙と共に妻子と別れ、勇ましく戦場に出、負傷するが日本軍をやっつけて第一報を送る、その回想の場面が実写、たしかそんな筋の、あの「パパは何でも知っている」式の一九五〇年代を代表する正義人アメリカさんのお定まりの物語だった。

いくら子供といっても、これほど安っぽい物語にだまされるとは、いや、むしろこういう年齢の子供たちは母親などよりずっとリアリストなはずだのにこのざまとは、と癇癪を起こし、思わず立ち上がって外に出たのだが、そのとき、うす暗がりの中、私を見上げた隣席の友人と目が合った。京都の日教組で指導的地位にあって権勢を振いこの映画鑑賞会の主催役の一人で、そんな席へ私を誘い出した男である。

「平和教育が徹底しとるからな」。彼は私の心底を見透かしたようにジロリと睨め付け得意気に口をゆがめながらそう言った。その目にはいつものように大学の教師となった同窓生仲間に対する瞋恚の炎が燃えていてまたかとうんざりさせられたのだが、それでなるほどと判るところもあった。

彼のいう平和教育とは、占領軍の、近代に限っての歴史教育は一応許可するが、それは必ず日本罪悪史として教えよとの命令を、日教組的にさらに強化し、日本は無法な好戦侵略国、特攻隊などはその日本を神国などと信じこんで、日本の憲法が謳っているように正義と公正を旨とする平和を愛する列国の代表たるアメリカ攻撃の手先を大喜びで務めている馬鹿な小悪魔、そのことを子供たちの頭に叩きこむことにあった。なるほどこういう教育が成功しているのなら、子供たちはこの安直な映画の筋書きにすっぽり同調、はまりこんで、切っても切れない身近な兄貴分がやっている特攻隊員たちを、あたかも別世界に住む悪魔のように見、その退治に喝采するということになるわけであろう。

戦後の学会、言論界のいわゆる進歩派の跳梁や周辺での学生運動の無意味な騒々しさには、まことにうんざりさせられていたものの、馴れというのか、そういう人とつき合っていても、昼食などを一緒にしたり、日常的な会話を交わしたりしても、戦前のマルクス・ボーイだった友人と同じく、とり立てて違和感を持たないのがまあふつうだった。だが、この、いわば無邪気に特攻隊の撃墜に喝采している中・高校生を見ているうち、不意に彼らが河童か何かのようにぬめぬめした皮膚を持つ人間ならぬ異様な生物―エイリアンという言葉はまだ知らなかったーのように思えて来たのである。実はそれが最初であった。私が敗戦後の日本人とよかれ悪しかれ独立国家だった時の日本人とは、変質した私自身もそうかもしれないが、すくなくとも人間として全く異質な存在だということを痛切無比に感じたのは。<

─会田雄次「たどり来し道」より─

ねずきち様、長文の紹介にて失礼しました。控えようと思いましたが、会田雄次氏には考えさせられることが多くまた第三龍虎隊が出てきたゆえ、せっかくの機会ですので紹介したいと思いました。御宥恕のほどお願いします。
2010/08/08(日) 16:25 | URL | 珊島 #-[ 編集]
宮古島より(2)
島を訪れた選手、応援団は約1000人とのこと。せっかくのチャンスなので試合の観戦をとも思ったのですが、その暇もなくもっぱら関心は碑の参拝者にありました。果たして幾人の参拝者が訪れるだろうかと。結果は献花や焼香跡、人が訪れた形跡が無かったことから、ほぼ0に近いと推定されます。やはりな、短期間では無理もないかと思いながらも、かすかな期待は抱いていただけに落胆は隠し切れません。嬉しい報告をしたかったのですが・・。

話は変わって、第三龍虎隊の特攻シーンではないかと思われる記述が会田雄次著:「たどり来し道」(P161~P163)にあります。抜粋紹介します。

>昭和三〇年代前半のことだったと思う。中学生-高校生もいたようだ-と同席で日米開戦の実写を多くふくむというアメリカ映画を見たことがある。私が驚いたのは神風特攻隊というか、日本機の攻撃場面が出て来たときの生徒達の反応だった。攻撃機は殆どが全部火をふいて海上に撃墜されてしまう。猛煙を引きながら頭上をとびこえた一機と航空母艦の甲板に命中し火災をおこした一機が例外だったがこの火災はすぐ消火されてしまった。

私が驚いたのは特攻機のそういう撃墜、失敗のたびに生徒達たちが喚声とともに拍手を送ったことである。ある場面では見るから頼りなげな複葉の一機がヨタヨタと米艦に近接して命中弾を受けたのだろう急に機首を垂直に上に向けてとび上がり、今度はとたんに機首を真下にして海中に突込んだ。

私はその機体がまるで人間そのもののように見え、機中の若者の恐怖と苦悶の表情まで浮かんで来るように感じて思わず目を閉じてしまったのだが、子供たちにはその姿が滑稽とだけ見えたのか、失笑とも嘲笑とも思える笑い声と共により大きな拍手喝采が起こったのである。

私は無茶苦茶に腹が立った。ここで殺されているのは、そのときのこの子供たちよりほんの七、八歳ぐらい年上でしかない日本の若者で、今生きていたら自分の父よりやや若いだろう間近な先輩たちなのだ。映画そのものは全体としてフィクションだが、撃墜の場面はたしかにわたされたパンフレットの宣伝通り、作りごとの入っていない実写で、正にその先輩たちの恐怖と無念の死の瞬間を見せられているのである。<


2010/08/08(日) 16:12 | URL | 珊島 #-[ 編集]
宮古島より


ねずきち様

第3龍虎隊の紹介ありがとうございます。第3龍虎隊に関しては森本忠夫「特攻」(P267~P269)にも詳しく紹介されており、他に角田和男「修羅の翼」(P324~P326)、丸別冊 (名機たちの群像H6年12月号)などにも記されています。

ここ宮古島での碑の中心には大きく歌が刻み込まれています。追加紹介します。

「背を丸め深く倒せし操縦桿

千万無量の思い今絶つ」

神風特別攻撃隊 
第三次龍虎隊

現在、宮古島においては宮古島市総合体育館で全国高校総体の男子バレーボール競技大会が開催されています。期間は7月31日~8月3日まで。第三次龍虎隊の慰霊碑は体育館のすぐ近くにあります。関係者のみならず多くの方々に参拝を熱望してやみません。その事、広くお知らせ願いたく存じます。

取り急ぎお知らせまでに。


2010/07/31(土) 19:40 | URL | 珊島 #-[ 編集]
送ってください
皆様、NHKがくだらないことを画策しています。
下記にアクセスして、
反日国営放送曲に意見を送ってください。
https://www.nhk.or.jp/korekara/nk31_nk/enq.html
2010/07/31(土) 00:34 | URL | 北男 #-[ 編集]
陸軍の赤とんぼ特攻隊
陸軍には中練特攻隊は無かったと言われていますが、
実は昭和20年8月13日に神奈川県相模飛行場を出撃した九五式中練3機による
日本本土近海を襲撃した米英合同機動部隊に対する
飛行第十師団『神鷲隊』(第三九八神鷲隊)の事実が記録されています。
戦死場所が伊豆半島沖とされていて不可解なのですが、
御芳名を記しておきます。

鶴岡弘少尉

本田続曹長

小松重英伍長

後藤季男軍曹

2010/07/30(金) 20:24 | URL | 愛国志民 #-[ 編集]
こちらにコメントします。
今日のエントリーへのコメント投稿方法がわからないのでこちらに投稿します。

小学生の頃、テレビで、画面がおどろおどろしい「牡丹燈籠」を見て、本当に怖かったのを思い出しました。お札が強い風で剥がされそうになる場面が心底怖かったです・・。

>この国を大切にし、この国を護るということは、私たちの先人たちの志を護るということでもあり、私たちの子や孫の時代を創ることでもあると思うのです

本当に日々その思いが強くなります。

以前に教えていただいた「Made in Occupied Japan」。
現実として日本は戦争に負けたのだという事実と、戦争に負ければこうなるのだという事実を目の前に突きつけられる思いがしました。

【日本の分割統治計画】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%88%86%E5%89%B2%E7%B5%B1%E6%B2%BB%E8%A8%88%E7%94%BB

また、当時の日本の分割統治計画というものを見るとつくづく日本が共産圏に取り込まれなかったことは奇跡ではなかったかと思うようになりました。

戦争で国を守ろうとした方たちの強い思いがあってこそ、戦争に負けたものの、日本は共産国家になることなく、また分断されることなく復興した。本当に奇跡だと思ってもいいと思うのです。
そして戦後占領下の政治家も日本を守るためにどれだけ苦悩したことだろうと思うのです。麻生さんの祖父である吉田茂もそうです。

今の民主党は気が狂っています。先人が懸命に守ってくれたこの国を内側から破壊して、中国に差し出そうとしている。朝鮮人の言いなりにさせようとしている。
その民主党にまだ期待を持つ国民は、今の日本があることが「当たり前」「当然」としか思っていない。

悔しいです。なんとか解らせたいです。

自分たちの大切な祖国をおろそかにすればどんな結末を迎えることになるのか。
「自分たちの生活が一番」という気持ちをどうにかして変えさせたい。
宮崎が口蹄疫で苦しんでいたら、自分たちは我がことのように心配するのは自然なことなんだと。サッカー日本代表が頑張る姿を見て「頑張れ日本!」と夜中でも応援することはごく自然なことなんだと。国の中が戦後の分割統治計画のように分断されてしまっていたら、また今後中国に飲み込まれ、分割され中国自治区と成り果ててしまったら、もう元には決して戻れないのだと。
日本人同士で一緒に頑張っていくことさえできなくなる。この上なく悲惨な結果を生み出す。

民主党の代表選は日本国籍でない党員やサポーターによって投票され、党の代表は「外国人が選んだ人物になるそれはすなわち、日本の総理大臣が外国人にとって都合の良い人間がこの国のトップになるという現実がやってくる。

日本を守るのは今を生きる自分たちであり、ここで絶対に諦めてはいけないのだと毎日思うのです・・。
2010/07/30(金) 09:50 | URL | 共通一次世代 #HfMzn2gY[ 編集]
No title
ねずきちさん、おはようございます。
あれ?「真夏の怪談」エントリーですが、いつものコメント投稿欄がなくなってます。で、やまと新聞のバナー貼りつけの下にパスワード欄と送信ボタンが・・。投稿するにはどうすればいいのかなぁ・・。と思い、こちらで質問させていただきました。
2010/07/30(金) 08:44 | URL | 共通一次世代 #HfMzn2gY[ 編集]
【010/07/20 暴かれた不正選挙】
【010/07/20 暴かれた不正選挙】
http://archive.mag2.com/0000154606/20100720204635000.html
国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」突如として消えた
国民新党票100万票の行方を探せ

http://www.asyura2.com/10/senkyo90/msg/472.html
(国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」)7233人閲覧済み
投票読み取り機について 投開票疑惑考 れんだいこ氏

http://www.asyura2.com/10/senkyo90/msg/773.html
何重にもチェックが入るシステムとなっていると云うが、次第にずさ
んになりつつあるのではなかろうか。

【経済・政治の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj.cgi
【政治・経済タイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。


今日の内閣支持率はこちらをカッチとね
http://www.jra.net/ank/online/naikaku.php

PS:
戦後小沢一郎の親が指揮していた朝鮮進駐軍が復活して、警察は無力になり
街中で衣服を奪われ、靴を取られるそんな日本人の生活を望みますか。
選挙結果のこの様な無法者が蔓延る大変危険な状態を認識してください。
2010/07/30(金) 08:30 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
前にNHKにメールで意見を出しました
>アンケートを募集しています
記事に関係のないコメントでごめんなさい…

>NHKが以下のアンケートを行っています。

本当の韓国(朝鮮半島)の歴史と漫画的な韓流ドラマの氾濫の意図は何なのか?
嘘の歴史を日本人に教えてどうするのか?
あなた達は日本をどうしたいのか?
などなどぼろくそな意見を書いて送りました。
さりげなく取り上げてくれるような意見が書ける脳を持ち合わせていなかったので。
2010/07/30(金) 00:40 | URL | お達者クラブ #RSYgFLbA[ 編集]
胸にこみ上げました
ですよねー、だよねー、そーですよねーっ!!

という思いが過ぎりました。
最後の最後の特攻が、最新鋭機なワケが無い!
国の石油も尽きているのに、どうやって飛んだんだ?
南京?バカな。国がもうギリギリなのにそんなに人が殺せたら、むしろその物資で戦闘機を作るでしょうが!!
というのをかつて義務教育期間に感じ、正確な情報を求めて教科書を読み漁り深読みし、教員の学習指導用教科書も読み、学校図書をくまなく探し、そして、小学校じゃ記述が無いのかもしれないという一握の望みにかけて、姉の中学教科書も読みまわって、それでも、この、これらの情報がカケラも得られなかった徒労・絶望感を思い出しました。

英霊に黙祷。

石油の状況は「新潟石油の130年史」で多少知っていましたが、やはり、当時は相当な状況だったのか民間人が起用されるような壮絶な戦いがあらゆる場所で繰り広げられていましたね。

あ、最後に。
うっかり感動で忘れていましたが、はじめてコメントいたします。いつも、素晴らしい記事を掲載していただきありがとうございます。
2010/07/29(木) 21:37 | URL | HF28号 #-[ 編集]
アンケートを募集しています
記事に関係のないコメントでごめんなさい…

NHKが以下のアンケートを行っています。

『日本の、これから 日韓』 ご意見・出演者募集中
https://www.nhk.or.jp/korekara/nk31_nk/enq.html

私たちが考えを表明する機会にならないかと…
2010/07/29(木) 21:29 | URL | kai #jooVpO96[ 編集]
No title
当時のアメリカ軍は、自身のハイテク装備を過信していたのかも知れませんね。

時が移り立場が変わった今もそうではないかと、危惧しています。

アメリカは、中国を甘くみてはいませんか?
2010/07/29(木) 21:01 | URL | #-[ 編集]
感激
キャラハンが特別攻撃隊によって撃沈されたことは知っていましたが、練習機による攻撃であったとは。実に立派な敢闘精神に富んだ人々に敬意と感謝の誠をささげたい。
キャラハンは同年5月25日銀河を撃墜、搭乗員3人のうち2名を救助(吉田飛曹長は死亡)長谷川中尉は生還している。
長谷川薫氏はのちレンゴー社長。詳細記録が残っているが、沈めたのが複葉練習機による神風攻撃であったとは米側の資料にもない。絶対的不利な条件下で、しかも機材まで悪条件で斯くの如く健闘する人々に米側が恐怖を覚えたのは想像に難くない。語り継ぐべき内容だと思う。
2010/07/29(木) 16:53 | URL | 赤誠 #MUHb.ql2[ 編集]
No title
九三式中間操縦練習機(通称:赤とんぼ)
私のパソコンでは上の写真は見られますがこの「空廠 九三式水上中間練習機」の
写真は見られません。という性能のパソコンです。飛行機で言えば、九三式練習機
以上で海軍九六式艦戦以下ですね。

話かわって 
「特攻勇士の像」が昨平成21年、日本各地の神社に寄贈されました。宇都宮市の
護国神社は、昨年から像の台座建設(顕彰碑も含む)の資金を、多くの方々から寄
付を募り、この7月に完成しました。顕彰碑は現在建設中で、序幕は8月15日に
戦没者追悼式に先だって行う予定。

特攻を忘れてなるものか!!!
そんな人がどんどん増えている。

 特攻勇士の像を贈ったのは
(財)特攻隊戦没者慰霊平和祈念協会
2010/07/29(木) 16:30 | URL | #-[ 編集]
因幡の白ウサギ像盗まれる
2010/07/29(木) 16:18 | URL | ototo9 #JqfNL4Cg[ 編集]
黙祷
護國の英霊に感謝。
「赤トンボ」は布張りだから、レーダーに映らなかったのですよね。それにしても250キロ爆弾を抱えて速度も落ちる悪条件の中で、誠に天晴れな戦果として語り伝えなければなりませんね。
2010/07/29(木) 14:19 | URL | 大地の歌 #-[ 編集]
ねずきち様に代わって小生がお答えいたします。
ハッキリ申し上げます。資料収集に『近道』は有りません。
日々の地道な調査と検索あるのみです。
私もかつては、『敗戦負け犬洗脳』を受けておりました。
それから救ってくれたのが、白坂次郎氏の『今日われ生きてあり』であり、名越二荒之助先生の一連の著作であり、
木俣滋郎先生の『なぐり込み艦隊』等の実証的な戦記であり、
デニス&ペギー・ウォーナー夫妻と妹尾作太男先生の『ドキュメント神風』でありました。

 特に神風特攻隊第三龍虎隊については、『ドキュメント神風』において強烈な印象を受け、
小生も非力ながら継承していかねばならないと思っておりました。
たまたま雑誌『正論』の記事で富士信夫先生が、宮古島から出撃を見送られた事を知り、
読者欄に投稿したことがきっかけで富士先生から懇意にしていただくことができました。
先生の生涯賭けた東京裁判に関する一連の偉業の根底に、
この海軍特攻隊の勇士に対する《約束》があったのだということが解りました。
決して自身を誇ることのない方でしたが、上層部はもちろん部下からも無謀と見られていた
『赤トンボ特攻』を見事成功させた陰に並々ならぬ苦労があったことが拝察されます。
7月30日は、回天特攻多聞隊の伊58潜水艦による重巡洋艦インディアナポリス撃沈もあり、
また事故ではありますが、ニューヨークのエンパイアステートビルディングへのB‐25爆撃機の激突もあり
アメリカにとっては忘れられない日となっております。
2010/07/29(木) 12:56 | URL | 愛国志民 #-[ 編集]
教えてください
いつもブログを拝見し、大変勉強になっております。


今回のこのような情報はどこで事実確認をされるのでしょうか?

私もこういった話を周りに拡散したいと思いますが、それにあたってWikipediaに負けない事実確認をもって行いたいと考えます。

ご多忙の折りとは存じますが、ご教授いただければ幸いです。
2010/07/29(木) 10:54 | URL | ほらえもん #-[ 編集]
No title
ねずきちさま、こんにちは
今年も又日本人にとって忘れられない暑い8月がめぐってきますね。
今日の記事、読んでいて鳥肌が立ちました。
こんなにも日本を愛し、
日本を守る為に戦い抜いて下さった方たちの為にも、
私たちが今日本を何としても守らなければと、
震えが来るほどでした。

いつも毎日欠かさず読ませていただいています。
これからもどうぞよろしくお願いします。
2010/07/29(木) 07:59 | URL | きょん #-[ 編集]
戦勝国のプロパガンダ、巧みな情報操作により、歴史観は歪められ誇り高い日本民族の魂から士気を奪っている。現代政治や情報メディアにも左右両思想派に売国奴の狗を巧妙かつ巧みに配置して日本民族は卑しめられ収奪が続けられている。ねずきち様のブログは覚醒の切っ掛けとして極めて素晴らしく感謝にたえない、真実を見抜く眼力の国士萌芽のブログは貴重である。
2010/07/29(木) 07:23 | URL | 志士 #-[ 編集]
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意見書文例:菅首相の『日韓併合100周年謝罪談話』の中止要望書 *利用、改変可*

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またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
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私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

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